2026.09.06
第4章―石蔵も、畑も、そして田んぼも
不動産の仕事をしていると、「これは単純に家を売ったという話ではないな」と感じる取引があります。
今回は、そんな実際の不動産売買をもとにしたお話です。
※売主様や買主様が特定されないよう、内容の一部は伏せています。
その物件は、新しい住宅ではありませんでした。
昔からそこにある家があり、石蔵があり、周りには畑もありました。
古い建物ですから、これから手を入れなければならないところもあります。
不動産広告だけを見れば、「築年数の経過した中古住宅」です。
ところが、買主様が見ていたものは少し違いました。
家だけではなく、石蔵にも、畑にも興味を持ってくれました。
そして何より、そこでどんな暮らしができるのかを、とても楽しそうに考えていたのです。
話を進めていく中で、さらにこんな言葉が出ました。
「田んぼもお願いできませんか?」
私は不動産屋ですから、ここからは現実的なことも考えます。
農地は普通の宅地のように簡単に売買できません。農地法の手続きや権利関係など、一つずつ確認する必要があります。
でも、その手続きを考えながら、私は別のことも感じていました。
この方は、中古住宅を一軒買おうとしているだけではないのかもしれない。
家があり、石蔵があり、畑があり、田んぼがある。
そこで営まれてきた暮らしそのものを受け継ごうとしているのではないか。
売主様にとっても、家や石蔵、畑、田んぼには、ご家族がその場所と関わってきた歴史があります。
だから、この取引では「売る」という言葉より、
「この方なら、託してもいい」
という言葉の方が合うように感じました。
一人の人が守ってきた場所を、次の人が受け継いでいく。
その間に立ちながら、
「これが住まいのバトンなのかもしれないな」
と感じた、忘れられない取引の一つです。
2026.09.05
不動産売買では、売主様と買主様はそれぞれ違う立場にいます。
売主様は、できるだけ良い条件で売りたい。
買主様は、自分が納得できる条件で購入したい。
価格交渉や引渡し時期、設備や残置物など、一つの契約をまとめるまでには、本当にいろいろな調整があります。
ですから、不動産仲介は「条件をまとめる仕事」でもあります。
でも、多くの取引に関わっていると、それだけでは説明できない場面があります。
買主様について売主様にお話ししたとき、
「そういう方なら、この家を使ってもらえたら嬉しいですね」
と言われることがあります。
反対に買主様から、
「売主さんは、どうしてこの家を売るんですか?」
「どんな方が住んでいたんですか?」
と聞かれることもあります。
もちろん個人情報がありますから、何でもお話しできるわけではありません。
それでも、まだ契約前なのに、少しずつ売主様と買主様の間に信頼のようなものが生まれることがあります。
私は、こういう瞬間を大切にしたいと思っています。
不動産屋は、売主様の言葉を買主様へ、買主様の言葉を売主様へ伝えるだけの「伝言係」ではありません。
双方が何を大切にしているのか。
何を不安に感じているのか。
どうすれば安心して取引できるのか。
その間に立って考えるのが、不動産仲介の仕事だと思っています。
もちろん、すべての取引がこんな形になるわけではありません。
それでも、売主様が大切にしてきた家を「ここで暮らしたい」と思ってくれる人が現れ、売主様も、「この人なら」
と思ってくださったなら、その間をしっかりつなぎたい。
契約書に「売主様の思い」という項目はありません。
でも、その契約書の向こうには、これまでその家で暮らしてきた人と、これから暮らしていく人がいます。
私は、それを忘れない不動産屋でありたいと思っています。
2026.09.04
家を売りたいというご相談をいただくと、確認しなければならないことがたくさんあります。
売却理由、希望時期、住宅ローンの残債、建物の不具合、リフォーム履歴。相続した不動産なら、相続登記などの確認も必要です。
不動産売却を安全に進めるためには、どれも欠かせません。
でも私は、それとは別に、こんなことも売主様に聞きます。
「この家には何年くらい住んでいるんですか?」
「どうして、この家を選んだんですか?」
「実際に暮らしてみて、どこが一番良かったですか?」
話しているうちに、売却とはあまり関係のない昔話になることもあります。
でも、それでいいと思っています。
「この窓から入ってくる風が気持ちいいんですよ」
「この庭は主人がずっと手入れしていたんです」
そんな話の中に、何年もそこで暮らしてきた人にしか分からない、その家の姿があるからです。
もちろん、聞いた話をすべて買主様に伝えるわけではありません。
売主様にとって大切な思い出でも、買主様がどう受け止めるかは分かりませんし、売主様の思いを押し付けるようなこともしたくありません。
それでも、自分が売却を任された家については、できるだけ知っておきたい。
私はそう思っています。
築年数だけを見れば「古い中古住宅」でも、
「夏はここから風が抜ける」
「朝はこの部屋に陽が入る」
といった、物件資料だけでは分からない魅力があるかもしれません。
そういうことまで知ったうえで、
「この家を気に入ってくれるのは、どんな人だろう?」
と考えながら、次の方を探していきたいのです。
査定書を作ることだけが、不動産売却の始まりではありません。
その家でどんな時間を過ごしてきたのか。
売主様から、その「家の物語」を聞かせてもらう。
私にとっては、そこからすでに売却のお手伝いが始まっています。
2026.09.01
不動産売却のご相談をいただくと、私たち不動産会社は、まずその家についていろいろなことを調べます。
土地や建物の広さ、築年数、間取り、道路の状況。そして、いくらくらいで売却できそうなのか。
不動産を売るためには、どれも大切なことです。
でも、長くこの仕事をしているうちに、私は少し違うことも考えるようになりました。
家って、本当に「物」としてだけ考えていいのだろうか。
たとえば30年間暮らしてきた家も、販売資料にすれば「築30年の中古住宅」です。
でも売主様にとっては、当然それだけではありません。
子どもが生まれ、庭で遊び、家族で食卓を囲み、やがて成長した子どもたちが巣立っていく。
その間ずっと、ご家族の生活を支えてきたのが、その「家」です。
売主様とお話をしていると、
「この庭は主人が好きでね」
「子どもが小さい頃は、この部屋をこう使っていたんですよ」
そんな話を聞かせていただくことがあります。
こうした話は、不動産の査定価格には直接関係しないかもしれません。
でも私は、結構大事な話だと思っています。
もちろん、不動産屋ですから、少しでも良い条件で売却することは大前提です。
ただ、価格を査定して、広告を出して、買主様が見つかったら契約して終わり。
私は、それだけの仕事にはしたくありません。
売主様にとって長年生活を支えてくれた家が、今度は買主様の新しい生活を支える家になる。
売主様の「これまで」から、買主様の「これから」へ。
不動産売買には、そんな一面もあると思っています。
私たちM-andが掲げる、
「安心でつなぐ住まいのバトン」
という理念は、そんな思いから生まれました。
次回は、私が家の売却をお手伝いするときに大切にしている「売主様から家の物語を聞くこと」について書いてみたいと思います。