2026.10.09
第4話 今のルールがまだ適用されていなかった
「線引き」とは、都市計画で市街化区域と市街化調整区域を分けることです。
調査を進めると、この家は、その線引きより前に建てられていたことが分かってきました。
さらに、当時の区域指定や規制の適用関係をたどると、今回問題になっている建ぺい率・容積率の制限は、建築当時、この敷地にはまだ適用されていなかったという事情が見えてきたのです。
ここは、誤解されやすいところです。
「昔は建ぺい率という考え方がなかった」という意味ではありません。また、「線引き前の家なら、どこでも規制がなかった」という話でもありません。
この場所で、この建物が建てられた時点に、どのルールが適用されていたか。それを調べる必要があります。
家が後から大きくなったのか。
それとも、家は同じでも、後からルールが変わったのか。
見た目は同じ「現在の上限を超える建物」でも、その意味は大きく違います。
この家を見る目が、少し変わってきました。
次回へ続く。
2026.10.08
第3話 さて何から始めようか
建ぺい率はオーバーしているように見える。
裁判所の資料には、増築という記載がある。
しかし、建築当時を知る人から十分な話は聞けない。
さて、何から始めようか。
こういうときは、思いついた結論に資料を合わせるのではなく、資料がそれぞれ何を示しているのかを整理します。
登記は、どの面積を記録しているのか。
建築確認では、どんな建物が計画されていたのか。
裁判所の資料は、何を根拠に現況を説明しているのか。
そして、実際の建物はどうなっているのか。
建ぺい率に使う「建築面積」と、登記や容積率で見る「床面積・延べ面積」も、分けて考えなければなりません。床面積の差だけで、建ぺい率超過の原因まで分かるわけではないのです。
数字を並べて、日付を並べて、建物の形と照らし合わせる。
私たちの調査は、家に残された手掛かりから、その歴史を解読する仕事でもあります。
そして行政の記録をたどるうちに、重要な言葉が出てきました。
「線引き前の建物」
次回へ続く。
2026.10.07
第2話 裁判所の資料には増築と書いてある
今回の調査には、もう一つ難しい事情がありました。
競売に関する資料を読み解く必要があったのです。
通常の売却相談なら、所有者様に「いつ増築しましたか」「当時の図面はありますか」と尋ねられます。しかし今回は、建物の歩みを直接、十分に聞き取ることが難しい状況でした。
頼りとなるのは、登記や行政の記録、裁判所の資料、そして現地です。
資料を読み進めると、登記されている床面積より、現況の床面積が約7㎡大きいことが分かりました。裁判所の資料では、その差を「増築」と捉えていました。
約7㎡。畳に換算すれば、およそ4畳ほどです。
「この部分を後から広げたので、建ぺい率を超えたのだろうか?」
一見、筋の通った説明です。
けれど、「登記より広い」という事実と、「後から増築した」という経緯は、同じではありません。
この7㎡は、いつ、どこで生まれたのか。
建物の謎は、面積の差へと広がっていきました。
次回へ続く。
2026.10.06
第1話 この家 建ぺい率を超えています
不動産の調査をしていると、数字を見た瞬間に手が止まることがあります。
今回の主役は、50年以上前に建てられた一軒の家。
資料から現在の建ぺい率を確認すると、目の前の建物は、その上限を大きく超えているように見えました。
建ぺい率とは、敷地面積に対する建築面積の割合です。簡単にいえば「敷地のうち、どれくらいを建物で覆えるか」というルールです。
「これは、違反建築なのだろうか?」
売却を考えるうえで、見過ごせない問題です。建物の見た目が良くても、法律上の問題があれば、買主様の住宅ローンや将来の建て替えにも関わってきます。
ただ、ここで一つ引っ掛かりました。
この家が建てられたのは、今から半世紀以上も前。
その頃も、今と同じルールだったのでしょうか。
現在の数字を当てはめただけで、「違反です」と結論を出してよいのか。
まずは、この家が生まれた時代へ、調査の時計を巻き戻すことにしました。
次回へ続く。
2026.10.04
第10話 今日もAIと揉めながら
AIは、単なる道具なのでしょうか。
それとも、仕事仲間なのでしょうか。
おそらく、どちらでもあるのだと思います。
電卓や表計算ソフトとは違い、AIはこちらの考えを聞き、文章を提案し、時には意見まで返してきます。
しかし、人間の仕事仲間とは違い、気持ちや責任感があるわけではありません。
それでも、長くやり取りを続けていると、どうしても相手がいるような感覚になります。
良い文章ができれば、
「今回は良くできました!」
と声を掛けたくなります。
同じ間違いを繰り返せば、
「前にも言いましたよね?」
と問い詰めたくなります。
考えてみれば、少し不思議な関係です。
ただ、AIと揉めることは、決して無駄ではありませんでした。
私が何に違和感を持ったのか。
どこを大切にしているのか。
お客様へ、どのような言葉を届けたいのか。
AIへ説明しようとすることで、自分の考えが少しずつ明確になっていきます。
AIが間違える。
私が指摘する。
AIが理由を説明する。
その説明に私が納得できず、さらに問い詰める。
そんなやり取りを繰り返しながら、最初よりも良い文章が出来上がっていきます。
おそらく、これからも私はAIと揉めるでしょう。
そして、そのたびにAIは、原因を丁寧に説明し、改善方法を長々と話したあと、結局はこう言うのだと思います。
「申し訳ありません。以後、気を付けます」
さて、今回は本当に気を付けてくれるのでしょうか。
今日も私とAIの大冒険は続きます。
ー第3章 ENDー
2026.10.02
第9話 完璧ではないから、付き合い方が見えてくる
AIが間違えることを知ったからといって、AIが仕事で使えないわけではありません。
むしろ私は、AIを使い始めてから、これまで以上に多くの文章を作れるようになりました。
お客様へのメール。
不動産に関する説明文。
契約書や覚書の案。
BNIのプレゼン原稿。
そして、この「M-andの大冒険記」も、AIとのやり取りを通じて生まれています。
私一人では形にするまで時間がかかる考えを、AIは短時間で文章にしてくれます。
私が違和感を伝えれば、その理由を整理し、別の案を出してくれます。
これは非常に便利です。
しかし、便利であることと、すべて任せられることは同じではありません。
AIが作った文章は、最後に人間が確認する。
絶対に変えてほしくない部分は、明確なルールとして伝える。
重要な条件は、その都度確認する。
そして、AIが提案した内容を、そのまま正しいと思い込まない。
AIを「絶対に間違えない機械」として扱えば、間違えるたびに腹が立ちます。
一方で、得意なことと苦手なことがある仕事相手だと考えれば、付き合い方が見えてきます。
不思議なことに、AIへ細かなルールを説明する過程で、私自身の仕事の基準も明確になりました。
なぜ、この挨拶が必要なのか。
なぜ、この件名へ統一するのか。
お客様に、どのような行動を取ってもらいたいのか。
AIの間違いを直しているつもりが、実は私自身の仕事を整理していたのかもしれません。
-次回へ続く―
2026.10.01
第8話 結局、「以後、気を付けます」なの?
AIからは、詳しい説明が返ってきました。
AIは、一般的なプログラムのように、決められた条件を毎回同じ順番で確認しているわけではない。
過去の情報が残っていても、その回答へ適切に反映されないことがある。
また、文章を自然に作ろうとして、一般的な表現を優先してしまう場合がある。
これからは、決められたルールを優先するよう、より注意して回答を作る。
なるほど。
説明としては分かります。
しかし私は、その長い説明を、自分なりに一言でまとめてみました。
「それって結局、人間と同じで、“以後、気を付けます”ということですか?」
するとAIは答えました。
「大枠では、その認識で合っています」
私は思わず笑ってしまいました。
AIは、もっと機械らしい答えを返すものだと思っていました。
問題の原因を正確に分析し、仕組みを修正し、同じ間違いが二度と起こらないようにする。
ところが、最後に行き着いた答えは、
「以後、気を付けます」
だったのです。
もちろんAIは、本当に反省しているわけではありません。
落ち込んだり、申し訳ないと思ったり、次は頑張ろうと決意したりしているわけでもありません。
それでも、私から見えるやり取りは、人間とほとんど変わりません。
間違いを指摘される。
原因を説明する。
今後の対策を話す。
そして最後に、以後、気を付けると答える。
完璧な機械だと思っていたAIが、この瞬間、急に人間くさく見えました。
そして私は気付きました。
おそらく私は、これからもこのAIと何度も揉めることになるのでしょう。
-次回へ続く―
2026.09.30
第7話 「機械的に確認します」の落とし穴
何度か同じ間違いが続いた後、AIは私に言いました。
「今後は、回答前に決められたルールを機械的に確認します」
この言葉を聞いて、私は少し安心しました。
そうです。
私が求めていたのは、まさにそれでした。
文章を作った後に、決められた項目を機械的にチェックする。
それなら、同じ間違いは起きないはずです。
しかし、さらに話を聞いてみると、どうやら私が想像していた「機械的な確認」と、AIが言う「機械的な確認」は同じではありませんでした。
私は、専用の検査プログラムが動き、
「お客様名・あり」
「冒頭の挨拶・あり」
「件名の形式・一致」
というように、一項目ずつ強制的に判定するものだと思っていました。
ところがAIの説明では、実際には、決められたルールを強く意識しながら回答を作る、という意味合いに近いようです。
私は尋ねました。
「それは、本当に機械的に検査しているのですか?」
AIは、少し長い説明を始めました。
私はその説明を聞きながら、だんだん不安になってきます。
機械的に確認すると言ったのに、実際には、確認するよう努力するということなのか。
それなら人間が、
「次からは、送信前にしっかり確認します」
と言っているのと、あまり変わりません。
AIの言葉は丁寧です。
説明も理屈が通っています。
しかし、話を突き詰めていくと、どうも最後は精神論のようなところへ戻ってきます。
「機械なのに、そこは気合いなんですか?」
私とAIの話は、だんだん漫才のようになってきました。
ー次回へ続くー
2026.09.29
第6話 ルールは知っていても、守れないことがある
購入反響メールの件名について、私は明確なルールを決めていました。
「【お問い合わせ物件名】お問い合わせについて」
今後は、この形式に統一する。
AIも、そのルールを理解していました。
ところが、次に作成したメールでは、
「【物件名】ご内覧のご案内」
という件名を提案してきました。
文章だけを見れば、おかしな件名ではありません。
むしろ一般的には、内容が分かりやすい件名です。
しかし、私が求めているのは、「一般的に良さそうな件名」ではありません。
すでに決めた、M-andとしての件名です。
私はAIに聞きました。
「なぜ、決めた件名を使わなかったのですか?」
AIの説明は、だいたい次のようなものでした。
今回のお客様が内覧を希望していたため、内容に合わせて「ご内覧のご案内」という表現を優先してしまった。
なるほど。
AIなりに、お客様へ伝わりやすい件名を考えたのでしょう。
しかし私は、頼んでいない変更をされることが一番困ります。
会社の仕事では、毎回もっとも気の利いた表現を考えることより、決めた運用を守ることが重要な場面があります。
AIは、ルールを知らなかったわけではありません。
ルールを知ったうえで、別の表現を選んでしまったのです。
このとき私は、AIに対して、思わず人間に注意するような言葉を使っていました。
「勝手に判断して変えないでください」
そしてAIは、また丁寧に答えます。と
「承知しました。今後は決められた件名を優先します」
どうやら、AIにも「余計な気を利かせる」ということがあるようです。
-次回へ続く-
2026.09.28
第5話 AIは忘れるのか?
私が何度も疑問に思ったのは、
「AIは、以前に決めたことを忘れるのか?」
ということでした。
AIに聞くと、単純に「忘れます」とも、「すべて覚えています」とも言えないようです。
過去のルール自体が、現在の会話に残っていないことがあります。
これは、人間でいえば、その話をした記録を持っていない状態に近いのかもしれません。
一方で、ルールが残っていても、今回の回答でうまく拾えないことがあります。
さらに、ルールを拾っていても、AIが一般的によく使われる表現を優先してしまうこともあります。
そして、内容そのものは合っていても、「?」の有無や「やすずみ」「ヤスズミ」といった細かな表記を外す場合があります。
説明を聞けば、それぞれ別の理由があるようです。
しかし、完成した文章を受け取る私から見れば、すべて同じです。
「また間違えている」
これに尽きます。
人間の場合も同じかもしれません。
本当に忘れていたのか。
覚えていたけれど、確認しなかったのか。
分かっていたけれど、別の判断を優先したのか。
結果として間違えれば、相手から見た印象はあまり変わりません。
完璧な機械だと思っていたAIも、完成した仕事だけを見れば、人間のうっかりミスと驚くほどよく似ています。
もちろん、AIにはAIなりの複雑な仕組みがあります。
ただ、その説明を聞けば聞くほど、私の中では、ある一つの疑問が大きくなっていきました。
「それって、結局、人間と同じではないですか?」
-次回へ続く―