2026.10.13
第8話 同じ広さの家でもローンの扱いが変わる
この違いは、言葉の問題だけではありません。
売却の進め方に関わります。
買主様が住宅ローンを利用する場合、金融機関は収入や返済能力だけでなく、購入する不動産も審査します。
違反建築の場合、物件を理由に融資を断られることがあります。家を気に入った買主様がいても、購入資金を用意できなければ、売買は進みません。
一方、既存不適格については、事情や資料を確認したうえで、融資を検討できる金融機関もあります。
もちろん、「既存不適格なら必ず借りられる」という意味ではありません。金融機関や商品、建物の状態、耐震性、担保評価などによって判断は異なります。
だからこそ、「建ぺい率が超えています」と伝えるだけでは足りません。
いつ建てられたのか。
どの規制が後から適用されたのか。
それを何の資料で説明できるのか。
この整理が、購入できる方の範囲や、売却価格の見通しにもつながります。
査定には、融資の入口まで考える難しさがあるのです。
次回へ続く。
2026.10.12
第7話 違反建築と既存不適格は大きく違う
ここで、今回の調査の中心となる二つの言葉を整理します。
一つは「違反建築」。
建てたときに守るべき基準に違反していたり、その後の増築などで違反状態になったりした建物です。必要な建築確認を受けていないなど、手続き上の違反もあります。
もう一つは「既存不適格」。
建築当時は適法だったものの、その後の法令改正や都市計画の変更などによって、現在の基準には合わなくなった状態です。
当時から守るべきルールを守っていないのか。
当時は守っていたが、後からルールが変わったのか。
ここが、大きな違いです。
今回の建物も、建ぺい率については、当時の適用関係をたどることで、違反ではなく既存不適格として整理できる方向が見えてきました。
ただし、建物のすべての問題が、それで解決するわけではありません。建ぺい率は既存不適格でも、後年の増築部分には違反がある、ということもあり得ます。
古いから違反。
確認番号があるから全部問題なし。
どちらも、簡単には言えないのです。
次回へ続く。
2026.10.11
第6話 その7㎡最初からあったのでは
建築確認時の面積と、現在の建物の面積を照らし合わせたとき、私は再び手を止めました。
ほぼ一致しているのです。
裁判所の資料では、登記面積との差である約7㎡を「増築」と捉えています。
しかし、建築確認時には、すでに現在に近い面積が記録されていました。
「その7㎡は、後から増えたのではなく、最初からあったのでは?」
新しい可能性が出てきました。
登記の記録に違いがあるのか。
面積の算定方法に違いがあるのか。
建築確認の計画と、完成した建物に違いがあったのか。
もっとも、面積がほぼ同じだからといって、形や構造まで同じだったとは断定できません。当初と同じ広さでも、別の部分を増減させた可能性は残ります。
裁判所の資料を軽く扱うつもりもありません。
ただ、別の公的な記録と食い違うなら、その理由を確認する必要があります。
「増築」という二文字で終わるはずだった調査が、終わらなくなりました。
建物は、まだ答えを教えてくれません。
次回へ続く。
2026.10.10
第5話 番号はあるけれど図面がない
さらに記録を追うと、当時の建築確認番号と、検査済証番号が確認できました。
建築確認は、工事前の計画について、建築基準法などへの適合を確認する手続きです。検査済証は、工事完了後の検査に合格したことを示す書類です。
「それなら、当時の図面を見れば分かるのでは?」
私も、その図面があれば、今回の謎を解く大きな手掛かりになると考えました。
ところが、50年以上前の建物です。
今回、役所では当時の申請書や図面を入手できませんでした。
番号などの記録はある。しかし、計画の細部を確かめる資料は残っていない。
「役所へ行けば、家の書類は全部そろう」
そう思いたくなりますが、古い建物では、それがかなわないことがあります。
また、当時の検査の記録があっても、その後の工事を含め、現在の建物全体が適法だと保証されるわけではありません。
得られた手掛かりは大切にする。
ただし、それだけで答えを急がない。
ここからは、残された面積の記録を、もう一度丁寧に比較していきます。
次回へ続く。
2026.10.09
第4話 今のルールがまだ適用されていなかった
「線引き」とは、都市計画で市街化区域と市街化調整区域を分けることです。
調査を進めると、この家は、その線引きより前に建てられていたことが分かってきました。
さらに、当時の区域指定や規制の適用関係をたどると、今回問題になっている建ぺい率・容積率の制限は、建築当時、この敷地にはまだ適用されていなかったという事情が見えてきたのです。
ここは、誤解されやすいところです。
「昔は建ぺい率という考え方がなかった」という意味ではありません。また、「線引き前の家なら、どこでも規制がなかった」という話でもありません。
この場所で、この建物が建てられた時点に、どのルールが適用されていたか。それを調べる必要があります。
家が後から大きくなったのか。
それとも、家は同じでも、後からルールが変わったのか。
見た目は同じ「現在の上限を超える建物」でも、その意味は大きく違います。
この家を見る目が、少し変わってきました。
次回へ続く。
2026.10.08
第3話 さて何から始めようか
建ぺい率はオーバーしているように見える。
裁判所の資料には、増築という記載がある。
しかし、建築当時を知る人から十分な話は聞けない。
さて、何から始めようか。
こういうときは、思いついた結論に資料を合わせるのではなく、資料がそれぞれ何を示しているのかを整理します。
登記は、どの面積を記録しているのか。
建築確認では、どんな建物が計画されていたのか。
裁判所の資料は、何を根拠に現況を説明しているのか。
そして、実際の建物はどうなっているのか。
建ぺい率に使う「建築面積」と、登記や容積率で見る「床面積・延べ面積」も、分けて考えなければなりません。床面積の差だけで、建ぺい率超過の原因まで分かるわけではないのです。
数字を並べて、日付を並べて、建物の形と照らし合わせる。
私たちの調査は、家に残された手掛かりから、その歴史を解読する仕事でもあります。
そして行政の記録をたどるうちに、重要な言葉が出てきました。
「線引き前の建物」
次回へ続く。
2026.10.07
第2話 裁判所の資料には増築と書いてある
今回の調査には、もう一つ難しい事情がありました。
競売に関する資料を読み解く必要があったのです。
通常の売却相談なら、所有者様に「いつ増築しましたか」「当時の図面はありますか」と尋ねられます。しかし今回は、建物の歩みを直接、十分に聞き取ることが難しい状況でした。
頼りとなるのは、登記や行政の記録、裁判所の資料、そして現地です。
資料を読み進めると、登記されている床面積より、現況の床面積が約7㎡大きいことが分かりました。裁判所の資料では、その差を「増築」と捉えていました。
約7㎡。畳に換算すれば、およそ4畳ほどです。
「この部分を後から広げたので、建ぺい率を超えたのだろうか?」
一見、筋の通った説明です。
けれど、「登記より広い」という事実と、「後から増築した」という経緯は、同じではありません。
この7㎡は、いつ、どこで生まれたのか。
建物の謎は、面積の差へと広がっていきました。
次回へ続く。
2026.10.06
第1話 この家 建ぺい率を超えています
不動産の調査をしていると、数字を見た瞬間に手が止まることがあります。
今回の主役は、50年以上前に建てられた一軒の家。
資料から現在の建ぺい率を確認すると、目の前の建物は、その上限を大きく超えているように見えました。
建ぺい率とは、敷地面積に対する建築面積の割合です。簡単にいえば「敷地のうち、どれくらいを建物で覆えるか」というルールです。
「これは、違反建築なのだろうか?」
売却を考えるうえで、見過ごせない問題です。建物の見た目が良くても、法律上の問題があれば、買主様の住宅ローンや将来の建て替えにも関わってきます。
ただ、ここで一つ引っ掛かりました。
この家が建てられたのは、今から半世紀以上も前。
その頃も、今と同じルールだったのでしょうか。
現在の数字を当てはめただけで、「違反です」と結論を出してよいのか。
まずは、この家が生まれた時代へ、調査の時計を巻き戻すことにしました。
次回へ続く。
2026.10.04
第10話 今日もAIと揉めながら
AIは、単なる道具なのでしょうか。
それとも、仕事仲間なのでしょうか。
おそらく、どちらでもあるのだと思います。
電卓や表計算ソフトとは違い、AIはこちらの考えを聞き、文章を提案し、時には意見まで返してきます。
しかし、人間の仕事仲間とは違い、気持ちや責任感があるわけではありません。
それでも、長くやり取りを続けていると、どうしても相手がいるような感覚になります。
良い文章ができれば、
「今回は良くできました!」
と声を掛けたくなります。
同じ間違いを繰り返せば、
「前にも言いましたよね?」
と問い詰めたくなります。
考えてみれば、少し不思議な関係です。
ただ、AIと揉めることは、決して無駄ではありませんでした。
私が何に違和感を持ったのか。
どこを大切にしているのか。
お客様へ、どのような言葉を届けたいのか。
AIへ説明しようとすることで、自分の考えが少しずつ明確になっていきます。
AIが間違える。
私が指摘する。
AIが理由を説明する。
その説明に私が納得できず、さらに問い詰める。
そんなやり取りを繰り返しながら、最初よりも良い文章が出来上がっていきます。
おそらく、これからも私はAIと揉めるでしょう。
そして、そのたびにAIは、原因を丁寧に説明し、改善方法を長々と話したあと、結局はこう言うのだと思います。
「申し訳ありません。以後、気を付けます」
さて、今回は本当に気を付けてくれるのでしょうか。
今日も私とAIの大冒険は続きます。
ーENDー
2026.10.02
第9話 完璧ではないから、付き合い方が見えてくる
AIが間違えることを知ったからといって、AIが仕事で使えないわけではありません。
むしろ私は、AIを使い始めてから、これまで以上に多くの文章を作れるようになりました。
お客様へのメール。
不動産に関する説明文。
契約書や覚書の案。
BNIのプレゼン原稿。
そして、この「M-andの大冒険記」も、AIとのやり取りを通じて生まれています。
私一人では形にするまで時間がかかる考えを、AIは短時間で文章にしてくれます。
私が違和感を伝えれば、その理由を整理し、別の案を出してくれます。
これは非常に便利です。
しかし、便利であることと、すべて任せられることは同じではありません。
AIが作った文章は、最後に人間が確認する。
絶対に変えてほしくない部分は、明確なルールとして伝える。
重要な条件は、その都度確認する。
そして、AIが提案した内容を、そのまま正しいと思い込まない。
AIを「絶対に間違えない機械」として扱えば、間違えるたびに腹が立ちます。
一方で、得意なことと苦手なことがある仕事相手だと考えれば、付き合い方が見えてきます。
不思議なことに、AIへ細かなルールを説明する過程で、私自身の仕事の基準も明確になりました。
なぜ、この挨拶が必要なのか。
なぜ、この件名へ統一するのか。
お客様に、どのような行動を取ってもらいたいのか。
AIの間違いを直しているつもりが、実は私自身の仕事を整理していたのかもしれません。
次回へ続く。
2026.10.01
第8話 結局、「以後、気を付けます」なの?
AIからは、詳しい説明が返ってきました。
AIは、一般的なプログラムのように、決められた条件を毎回同じ順番で確認しているわけではない。
過去の情報が残っていても、その回答へ適切に反映されないことがある。
また、文章を自然に作ろうとして、一般的な表現を優先してしまう場合がある。
これからは、決められたルールを優先するよう、より注意して回答を作る。
なるほど。
説明としては分かります。
しかし私は、その長い説明を、自分なりに一言でまとめてみました。
「それって結局、人間と同じで、“以後、気を付けます”ということですか?」
するとAIは答えました。
「大枠では、その認識で合っています」
私は思わず笑ってしまいました。
AIは、もっと機械らしい答えを返すものだと思っていました。
問題の原因を正確に分析し、仕組みを修正し、同じ間違いが二度と起こらないようにする。
ところが、最後に行き着いた答えは、
「以後、気を付けます」
だったのです。
もちろんAIは、本当に反省しているわけではありません。
落ち込んだり、申し訳ないと思ったり、次は頑張ろうと決意したりしているわけでもありません。
それでも、私から見えるやり取りは、人間とほとんど変わりません。
間違いを指摘される。
原因を説明する。
今後の対策を話す。
そして最後に、以後、気を付けると答える。
完璧な機械だと思っていたAIが、この瞬間、急に人間くさく見えました。
そして私は気付きました。
おそらく私は、これからもこのAIと何度も揉めることになるのでしょう。
次回へ続く。
2026.09.30
第7話 「機械的に確認します」の落とし穴
何度か同じ間違いが続いた後、AIは私に言いました。
「今後は、回答前に決められたルールを機械的に確認します」
この言葉を聞いて、私は少し安心しました。
そうです。
私が求めていたのは、まさにそれでした。
文章を作った後に、決められた項目を機械的にチェックする。
それなら、同じ間違いは起きないはずです。
しかし、さらに話を聞いてみると、どうやら私が想像していた「機械的な確認」と、AIが言う「機械的な確認」は同じではありませんでした。
私は、専用の検査プログラムが動き、
「お客様名・あり」
「冒頭の挨拶・あり」
「件名の形式・一致」
というように、一項目ずつ強制的に判定するものだと思っていました。
ところがAIの説明では、実際には、決められたルールを強く意識しながら回答を作る、という意味合いに近いようです。
私は尋ねました。
「それは、本当に機械的に検査しているのですか?」
AIは、少し長い説明を始めました。
私はその説明を聞きながら、だんだん不安になってきます。
機械的に確認すると言ったのに、実際には、確認するよう努力するということなのか。
それなら人間が、
「次からは、送信前にしっかり確認します」
と言っているのと、あまり変わりません。
AIの言葉は丁寧です。
説明も理屈が通っています。
しかし、話を突き詰めていくと、どうも最後は精神論のようなところへ戻ってきます。
「機械なのに、そこは気合いなんですか?」
私とAIの話は、だんだん漫才のようになってきました。
ー次回へ続くー
2026.09.29
第6話 ルールは知っていても、守れないことがある
購入反響メールの件名について、私は明確なルールを決めていました。
「【お問い合わせ物件名】お問い合わせについて」
今後は、この形式に統一する。
AIも、そのルールを理解していました。
ところが、次に作成したメールでは、
「【物件名】ご内覧のご案内」
という件名を提案してきました。
文章だけを見れば、おかしな件名ではありません。
むしろ一般的には、内容が分かりやすい件名です。
しかし、私が求めているのは、「一般的に良さそうな件名」ではありません。
すでに決めた、M-andとしての件名です。
私はAIに聞きました。
「なぜ、決めた件名を使わなかったのですか?」
AIの説明は、だいたい次のようなものでした。
今回のお客様が内覧を希望していたため、内容に合わせて「ご内覧のご案内」という表現を優先してしまった。
なるほど。
AIなりに、お客様へ伝わりやすい件名を考えたのでしょう。
しかし私は、頼んでいない変更をされることが一番困ります。
会社の仕事では、毎回もっとも気の利いた表現を考えることより、決めた運用を守ることが重要な場面があります。
AIは、ルールを知らなかったわけではありません。
ルールを知ったうえで、別の表現を選んでしまったのです。
このとき私は、AIに対して、思わず人間に注意するような言葉を使っていました。
「勝手に判断して変えないでください」
そしてAIは、また丁寧に答えます。と
「承知しました。今後は決められた件名を優先します」
どうやら、AIにも「余計な気を利かせる」ということがあるようです。
次回へ続く。
2026.09.28
第5話 AIは忘れるのか?
私が何度も疑問に思ったのは、
「AIは、以前に決めたことを忘れるのか?」
ということでした。
AIに聞くと、単純に「忘れます」とも、「すべて覚えています」とも言えないようです。
過去のルール自体が、現在の会話に残っていないことがあります。
これは、人間でいえば、その話をした記録を持っていない状態に近いのかもしれません。
一方で、ルールが残っていても、今回の回答でうまく拾えないことがあります。
さらに、ルールを拾っていても、AIが一般的によく使われる表現を優先してしまうこともあります。
そして、内容そのものは合っていても、「?」の有無や「やすずみ」「ヤスズミ」といった細かな表記を外す場合があります。
説明を聞けば、それぞれ別の理由があるようです。
しかし、完成した文章を受け取る私から見れば、すべて同じです。
「また間違えている」
これに尽きます。
人間の場合も同じかもしれません。
本当に忘れていたのか。
覚えていたけれど、確認しなかったのか。
分かっていたけれど、別の判断を優先したのか。
結果として間違えれば、相手から見た印象はあまり変わりません。
完璧な機械だと思っていたAIも、完成した仕事だけを見れば、人間のうっかりミスと驚くほどよく似ています。
もちろん、AIにはAIなりの複雑な仕組みがあります。
ただ、その説明を聞けば聞くほど、私の中では、ある一つの疑問が大きくなっていきました。
「それって、結局、人間と同じではないですか?」
次回へ続く。
2026.09.27
第4話 私が求めていたのは、「生成」ではなく「検査」だった
AIとのやり取りを重ねるうちに、私の中に一つの気付きが生まれました。
私がAIに期待していたのは、文章を作る能力だけではなかったのです。
むしろ、私が本当に求めていたのは、決められた条件を一つずつ照合する「検査」のような働きでした。
お客様の名前は入っているか。
冒頭の挨拶はあるか。
会社名と氏名の表記は正しいか。
件名は決められた形式になっているか。
内覧への案内は入っているか。
最後は疑問形になっているか。
私はAIが、文章を完成させる前に、こうした項目へ一つずつチェックを入れていると思っていました。
しかし、実際のAIは少し違いました。
AIは毎回、与えられた情報から、その場でもっとも自然だと思われる文章を作ります。
過去に決めた文章を、そのまま取り出しているわけでもありません。
チェックリストを上から順番に確認し、すべてに丸が付いたら回答しているわけでもありません。
その都度、文章を「生成」しているのです。
だからこそ、こちらが思いつかなかった表現や、より伝わりやすい文章を提案してくれることがあります。
それは、AIの大きな長所です。
一方で、その自由さが原因となり、私が決めた表現まで勝手に変えてしまうことがあります。
私は「創造性」と「正確性」の両方を、AIに求めていました。
自由に考えてほしい。
しかし、決めたところは絶対に変えないでほしい。
考えてみれば、なかなか難しい注文です。
それでも私は言います。
「そこは、AIなんだから何とかしてください」
AIとの揉め事は、まだ続きます。
次回へ続く。
2026.09.26
第3話 覚えているのに、なぜ間違える?
私はAIに確認しました。
「購入反響メールの件名について、以前決めたルールを覚えていますか?」
するとAIは、正確に答えます。
「はい。件名は【お問い合わせ物件名】お問い合わせについて、に統一するルールです」
合っています。
では、なぜ先ほど作ったメールでは、違う件名にしたのでしょうか。
私は、そこが理解できませんでした。
「覚えているのに、なぜ間違えるんですか?」
人間であれば、まだ分かります。
ルールを知っていても、忙しくて確認を忘れた。
別のことを考えていて、うっかり間違えた。
しかし、相手はAIです。
疲れているわけでもなければ、電話に気を取られていたわけでもありません。
ルールを質問すれば、きちんと答えられる。
それなのに、実際の文章を作ると、そのルールを外してしまう。
私には、それが大きな矛盾に見えました。
AIからは、いろいろな説明が返ってきます。
「ルールは残っていても、今回の回答でうまく拾えない場合があります」
「一般的によく使われる表現を優先してしまうことがあります」
「複数の条件の中で、一部の条件が弱く反映されることがあります」
説明を聞けば、何となく仕組みは分かります。
しかし、不動産の仕事でお客様に送るメールは、AIの仕組みを理解するための実験ではありません。
実際にお客様へ届く文章です。
そのため、私が知りたいことは一つでした。
「では、次から本当に間違えないのですか?」
この質問に対して、AIはなかなか「絶対に間違えません」とは言いません。
この頃から私は、AIが思っていたよりもずっと人間くさい存在に見え始めました。
次回へ続く。
2026.09.25
第2話 「前にも言いましたよね?」
ある日、私はお客様への追客メールをAIに作ってもらいました。
文章そのものは、決して悪くありません。
物件の特徴も書かれていますし、内覧への案内も入っています。
しかし、メールの最初を見て、私はすぐに違和感を覚えました。
お客様のお名前がない。
そして、
「お世話になっております、株式会社M-andの安住(ヤスズミ)です。」
という、いつもの挨拶もありません。
私はAIに伝えました。
「そもそも、メールの最初に挨拶がありません。これは致命的です」
さらに続けます。
「前にも言いましたよね?」
するとAIは、丁寧に謝ります。
「おっしゃるとおりです。今後は必ず、お客様名と冒頭の挨拶を入れます」
そこで、私はひとまず納得します。
ところが、しばらくすると、今度はメールの件名が違っています。
以前、
「反響対応メールの件名は、【お問い合わせ物件名】お問い合わせについて、に統一してください」
と決めたはずなのに、AIが作った件名は、
「物件の詳細と360度画像のご案内」
となっていました。
また私は言います。
「前にも決めましたよね?」
AIは、また丁寧に答えます。
「申し訳ありません。今後は統一した件名を使用します」
最初のうちは、私も穏やかでした。
しかし、同じようなことが何度も続くと、だんだん話が変わってきます。
「本当に覚えているんですか?」
気が付けば私は、画面の向こうにいるAIを、まるで同じミスを繰り返す部下のように問い詰めていました。
次回へ続く。
2026.09.23
第1話 AIなら間違えないと思っていた
私が仕事にAIを取り入れ始めたとき、密かに期待していたことがありました。
それは、AIなら人間のような「うっかりミス」をしないだろう、ということです。
人間は忘れます。
一度決めたことでも、忙しければ確認を飛ばしてしまいますし、分かっていても間違えることがあります。
しかしAIは機械です。
以前に決めたルールを正確に覚え、必要なときに一つずつ確認し、いつでも同じ品質の答えを返してくれる。
私は、そう思っていました。
たとえば、お客様へのメールを作成するときには、細かなルールがあります。
お客様のお名前を最初に入れる。
その後に、
「お世話になっております、株式会社M-andの安住(ヤスズミ)です。」
と挨拶する。
購入のお問い合わせに対するメールの件名は、
「【お問い合わせ物件名】お問い合わせについて」
に統一する。
内覧をご希望の場合は、メールに【内覧希望】と返信していただく。
このように、一度ルールを決めてAIに伝えておけば、次からは当然、そのルールに沿って文章を作ってくれる。
そう考えていたのです。
ところが、実際に使い続けてみると、どうも様子が違います。
昨日まで守っていたルールを、今日は外す。
前回注意したことを、また繰り返す。
内容はほとんど合っているのに、なぜか一番大切な部分だけが抜けている。
私が想像していた「完璧な機械」とは、どうやら少し違うようでした。
そして、そこから私とAIとの長い揉め事が始まったのです。
次回へ続く。
2026.09.22
第10話 住まいのバトンが、次の家族へ
買主様が見つかった後も、行政への確認、農地に関する手続き、専門家との連携、契約条件の調整が続きました。売主様には分からないことが多く、買主様にも不安があります。私はその間に入り、分かっていること、分からないこと、今後必要になることを一つずつ整理しました。
決して売りやすい物件ではありませんでした。それでも、調査を省略せず、難しい部分を隠さず、売主様と買主様の双方に説明を重ねたことで、無事に成約の日を迎えることができました。相続人から受け取った家の歴史や思いも、次の買主様へ引き継がれていきます。
査定とは、不動産に金額を付けるだけの仕事ではありません。特に相続不動産では、机上査定の段階で分かることよりも、現地へ行き、行政で調べ、相続人のお話を聞いて初めて分かることが数多くあります。そして調査によって見つかるのは、問題点だけではありません。その家でどのような人が暮らし、何を大切にしてきたのか。資料には載っていないストーリーも見えてきます。
だからこそ、最初に高い金額を出してくれた会社や、最も早く回答した会社という理由だけで、売却を任せる不動産会社を決めないでいただきたいのです。何がまだ分からないのかを正直に伝え、必要な調査を行い、最後までその不動産と向き合ってくれる。そんな信頼できる会社へ相談することが大切です。
私たち株式会社M-andがつなぐのは、所有権だけではありません。そこに住んでいた方の暮らし、ご家族の思い、そしてこれから始まる買主様の新しい生活です。物件の背景を受け取り、安心とともに次の方へ届ける。それが、私たちの「安心でつなぐ住まいのバトン」です。
ーENDー
2026.09.20
第9話 物件のストーリーを、次の買主様へ
売却活動を始めても、すぐに買主様が見つかったわけではありません。お問い合わせをいただいても、市街化調整区域や農地、許可の説明をすると検討をやめる方がいます。住宅ローンや将来の建て替えを理由に、購入を断念する方もいました。誰にでも売りやすい物件ではなかったのです。
だからといって、難しい条件を小さく扱うことはできません。分かっている制限、確認した手続き、まだ確定していないことを、最初から丁寧に説明します。そのうえで私は、この家でどのような暮らしが営まれていたのかもお伝えしました。
おじい様が庭や畑を大切にしていたこと。家族が帰省すると、この家に集まっていたこと。相続人が遠方に住み、守り続けることは難しいけれど、できれば次の方に大切に使ってほしいと考えていること。それは物件を良く見せるためにつくった話ではありません。売主様から受け取った、この家の本当のストーリーです。
物件広告の面積や築年数だけでは、自分がそこで暮らす姿を想像できない方もいます。しかし、そこで営まれていた生活を知ると、「自分たちなら、ここでこんな暮らしができるかもしれない」と感じることがあります。
やがて、条件を理解したうえで、この環境と建物に魅力を感じてくださる方が現れました。価格だけでつながったのではありません。この家の過去の暮らしと、買主様が思い描くこれからの暮らしが、少しずつ重なり始めたのです。
次回へ続く。
2026.09.19
第8話 売却価格から差し引かれる税金と費用
売却価格の見通しが立っても、その金額がすべて相続人の手元に残るわけではありません。相続した不動産を売却して利益が出れば、譲渡所得に対する税金を検討する必要があります。先代が購入したときの契約書が見つからず、取得費が分からないことも珍しくありません。
自分が住んでいた家ではないため、自己居住用の特例をそのまま使えるとは限りません。相続した空き家について利用できる制度もありますが、建物の築年数や利用状況、売却時期などの要件があります。税金については、物件ごとに税理士や税務署へ確認することが大切です。
さらに、行政書士への許可申請費用、測量や分筆、相続登記、残置物の撤去、建物の解体などが必要になる場合もあります。古い家だから解体して更地にすればよい、と簡単には決められません。解体後の利用や再建築、固定資産税への影響まで確認して判断する必要があります。
私がお伝えしたいのは、査定額の高低だけで不動産会社を選ばないでほしいということです。「いくらで売れるか」と同時に、「売るまでに何が必要か」「最終的にいくら残るのか」まで考えてくれるか。それが重要です。
調査内容と費用の可能性を説明し、売主様と相談したうえで、ようやく売却活動の方針が決まりました。ここから、この家の条件と物語を受け止めてくださる買主様を探します。
次回へ続く。
2026.09.18
第7話 査定価格だけでは表せない物件の価値
現地と行政での調査が進むにつれ、最初の机上査定を見直す必要が出てきました。周辺の宅地価格をそのまま当てはめても、この物件の市場価格にはなりません。市街化調整区域、農地、古い建物、許可の確認。条件が複雑になるほど購入できる方は限られ、住宅ローンの利用にも影響することがあります。
机上で算出した価格、現地調査後に考えられる価格、実際の市場が受け止める価格。この三つが同じとは限りません。最初に高い査定額を示せば、売主様には喜んでいただけるかもしれません。しかし、売り出した後に問い合わせがなく、何度も値下げすることになれば、その査定は何のためだったのでしょうか。
一方で、値段が付きにくいことと、価値がないことも同じではありません。広い庭、土に触れられる暮らし、周囲の静けさ、長年家族が守ってきた建物。一般的な住宅を探す方には合わなくても、まさにその環境を探している方がいるかもしれません。
査定では、問題点を見つけるだけでなく、その物件が誰にとって価値を持つのかを考えます。おじい様が畑を耕し、家族が集まり、季節ごとの暮らしを営んできた。そのストーリーも、この家にしかない魅力です。
数字を大きく見せるのではなく、制限と可能性の両方を整理する。そして、現実的な価格と届ける相手を考える。それが、私たちが行う査定です。
次回へ続く。
2026.09.17
第6話 農地はそのままでは売れないことがある
この物件には、登記上の地目が「畑」となっている土地も含まれていました。田や畑は、宅地と同じように、売主と買主が合意すれば必ず名義を移せるとは限りません。誰が購入するのか、購入後にどのように利用するのかによって、農地法上の許可や届出が必要になることがあります。
農地として引き継ぐのか、住宅の敷地など別の目的で利用するのか。現況はどうなっているのか。農業委員会への確認は必要か。農地転用は可能なのか。場合によっては測量や分筆も検討します。ここでも、机上の登記情報だけでは答えは出ません。
手続きが必要となれば、行政書士や土地家屋調査士などへ依頼する費用も考えなければなりません。査定価格が同じでも、売却までに必要な費用や時間が違えば、売主様の手元に残る金額も変わります。相続人にとっては、予想していなかった負担になることもあります。
私は、分かったことだけでなく、まだ確認中のこと、考えられる手続き、費用が発生する可能性を順番にお伝えしました。専門用語を並べるのではなく、「なぜその確認が必要なのか」を共有しなければ、本当の意味で納得して売却を進めることはできません。
相続不動産では、売りたいと思ってから初めて、こうした課題が分かることがあります。だからこそ、価格だけを知らせて終わる査定ではなく、売却までの道筋を一緒に考える相手が必要なのです。
次回へ続く。
2026.09.13
第5話 「農家分家」で建てられた家
市役所で資料を確認していくと、この家は市街化調整区域にあり、過去に「農家の分家」などの許可を受けて建てられた可能性が見えてきました。市街化調整区域とは、市街化を抑制することを基本とする区域です。そこでは、住宅地と同じ感覚で、誰でも自由に家を建てられるとは限りません。
今、建物が存在しているからといって、将来も当然に建て替えられるとは限りません。建築当時に誰が、どのような理由で、どの許可を受けたのか。次に購入する方が同じように利用できるのか。過去の許可が売買によってそのまま引き継がれるのか。確認すべきことが増えていきます。
このような点を曖昧なまま「建物付きの土地」として売り出せば、買主様が購入後に建て替えできないと知るかもしれません。反対に、必要な手続きを踏めば利用できる可能性があるのに、最初から価値がないと決めつけることも適切ではありません。
不動産会社だけで結論を出せない部分については、市役所の担当部署と協議し、必要に応じて行政書士などの専門家へ相談します。許可の履歴や現在の取扱いは、地域や物件ごとに確認しなければなりません。
机上査定で周辺相場を掛け合わせただけでは、この過程は価格に反映されません。査定とは、数字を出す前に「この不動産を誰が、どのように買えるのか」を調べる仕事でもあるのです。
次回へ続く。
2026.09.12
第4話 現地に残されていた「暮らしの跡」
資料をそろえた私は、現地へ向かいました。長い間使われていなかった家は、庭木や雑草に囲まれ、道路から見ただけでは敷地の奥まで分かりません。車を止め、周囲を歩き、道路との高低差や進入口、隣地との境界らしき位置、排水先などを確認していきます。
室内へ入ると、資料からは分からなかった建物の傷みが見えてきました。床の感触、天井や壁の染み、建具の動き、水回りの状態。増築されたように見える部分もあります。登記上の建物と、目の前にある建物が同じなのか。ここで初めて、追加で調べるべきことが具体的になります。
けれど、私が現地で見るのは不具合だけではありません。柱に残る子どもの身長の印、使い込まれた台所、庭に植えられた木、農作業に使われていた道具。そこには、この家で誰かが生活していた跡が残っていました。相続人から聞いた「祖父は畑仕事が好きだった」という話が、目の前の風景とつながります。
難しい条件がある物件でも、そうでない物件でも、一つひとつの家には物語があります。どのような方が住み、どのような生活を営んできたのか。それを知ることは、物件をきれいに見せるためではありません。次にこの家を必要とする方へ、正しく魅力を伝えるためです。
そして敷地を確認すると、登記上「畑」となっている土地が含まれていました。さらに行政で調査を進めると、「農家の分家」という言葉が出てきたのです。
次回へ続く。
2026.09.11
第3話 その査定額、本当に信じて大丈夫ですか?
登記簿、公図、地積測量図、建物図面、周辺の売出事例や成約事例。机上査定では、入手できる資料を使って、おおよその価格を算出します。一般的な住宅地で、土地や建物の状況がある程度分かっていれば、机上査定でも参考となる価格帯を示すことはできます。
しかし、相続した古い家や土地では、資料だけでは見えないことが少なくありません。建物は実際にどの程度傷んでいるのか。登記されていない増築部分はないか。敷地へ車で入れるのか。境界や越境はどうなっているのか。農地は現在どのように使われているのか。過去にどのような許可を受けて建てられたのか。こうしたことは、机の上で数字を眺めているだけでは分かりません。
査定を依頼すると、その日のうちに回答が届くこともあります。複数の会社へ依頼すれば、他社より高い金額を提示する会社もあるでしょう。回答の早さや査定額は、会社選びの材料の一つです。ただし、査定額はその金額で売れることを約束するものではありません。
私は、まだ調べ切れていない段階で、耳触りのよい金額だけを先にお伝えすることには慎重です。「今の資料で分かるのはここまでです」「正確に判断するには現地と行政の確認が必要です」とお話しします。依頼者が知らない問題は、私にもまだ分からないからです。
大切なのは、最も高い金額や最も早い回答だけで会社を決めることではありません。何が分かっていないのか、次に何を調べるのかを正直に説明してくれるか。そこに、信頼できる不動産会社を見極める一つのポイントがあります。
次回へ続く。
2026.09.10
第2話 相続した本人も、物件のことを知らない
相続不動産の査定で、最初にぶつかることがあります。それは、現在の所有者である相続人が、その物件についてほとんど知らないということです。もちろん、責められることではありません。子どもの頃に祖父母の家へ遊びに行っただけ、独立してからは年に一度も帰っていない。そのような方が、ある日突然、売主の立場になります。
雨漏りをしたことはあるのか。過去に増築していないか。給排水管はどこを通っているのか。隣地との境界について話し合ったことはないか。私が尋ねても、「分かりません」という答えが続きます。しかし売却する際には、相続人も売主として、知っている事実を買主様へ伝えなければなりません。知らないから何も確認しなくてよい、とは言い切れないのです。
そこで私は、建物の状態だけでなく、その家でどなたが、どのように暮らしていたのかを聞いていきます。おじい様は農業をしていたのか。お父様はこの家で何年暮らしたのか。離れや物置はいつ頃つくられたのか。断片的な記憶でも、調査の手掛かりになることがあります。
同時に、それは物件のストーリーを知る時間でもあります。庭の木を大切にしていたこと、家族が集まる縁側があったこと、畑で採れた野菜を近所へ配っていたこと。査定書の数字には表れませんが、その家には確かに暮らしがありました。
分からないことを分からないままにせず、記憶と資料を一つずつつないでいく。相続不動産の査定は、そこから始まります。
次回へ続く。
2026.09.08
第1話 ある日、相続不動産の査定依頼が4件届いた
ある日のことです。会社に戻ってメールを確認すると、不動産の査定依頼が入っていました。それも1件ではありません。同じ日に、4件です。さらに内容を確認すると、4件とも相続によって取得した不動産についてのご相談でした。
一日に4件も重なったのは、たまたまだったのかもしれません。ただ、不動産の仕事をしていると、相続した実家や土地について「自分では使わないけれど、どうしたらよいのか分からない」という相談が増えていることを感じます。親世代が地方に不動産を持ち、相続人である子どもたちは東京や神奈川など遠方で暮らしている。今の時代、決して珍しい話ではありません。
査定の入口もさまざまです。不動産会社のホームページから直接依頼する方もいれば、紹介や一括査定サイトを利用する方もいます。まず金額を知りたい、と考えるのは当然です。今回の4件も、物件の場所や内容はそれぞれ違いました。共通していたのは、相続人が遠方に住み、その不動産について詳しく分からないということでした。
「小さい頃に何度か行っただけです」「父から詳しい話を聞いていません」「土地がどこからどこまでなのかも分かりません」。そんな言葉が並びます。依頼者が知らないことは、机上で資料を見る不動産会社にも分かりません。まずは登記簿や公図などを集め、何が分かり、何がまだ分からないのかを整理する必要があります。
4件の中には、調べ始めると確認事項が次々に現れる物件もありました。ここからは、その中でも特に調査に時間を要した1件を中心に、相続不動産の査定で私が何を見ているのかをお話しします。
次回へ続く。